teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:2252/2422 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

女優の確執

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2011年 2月18日(金)16時21分59秒
  通報
  映画『楢山節考』(1958年)のDVDを見たが、田中絹代の名演技に改めて感動した。素晴らしい。さすが大女優だと思った。 この映画が作られた時、彼女はまだ50歳前だったが“老婆”の役を見事に演じている。表情はもちろん、歩き方など身のこなしは絶品である。老婆そのものだ。
しかし、実は私は田中絹代が好きでなかった。昔、NHKの大河ドラマ『樅の木は残った』に出演した時、彼女にアドバイス(?)をした吉永小百合に腹を立てたと聞いていたからだ。“サユリスト”である私は許せないと思った。
もっとも、天下の大女優である田中絹代から見れば、吉永小百合などまだ駆け出しのヒヨッ子ぐらいにしか思えなかっただろう。想像するに、テレビドラマに不慣れな田中に対し、吉永は「田中先生」と言いながら、親切心からアドバイスをしたのだと思う。しかし、それが“出しゃばり”と受け取られたのだろうか。
大女優にはプライドや面子がある。いくら人気ナンバーワンの若手女優であろうと、いやそうであるからこそ、かえって小憎らしく感じたのではないか。そこには何か“対抗心”があるような気がしてならない。『樅の木は残った』には、当時、吉永小百合と人気を二分していた栗原小巻も出演していたが、田中絹代から嫌われたという話は聞いていない。たぶん、栗原は慎重に行動したのだろう。

ところが、その栗原小巻も、やはり名女優である杉村春子から厳しい仕打ちを受けた。ある時、栗原は「杉村先生と共演したい」と述べたという。たぶん、舞台での共演を望んだのだろう。ところが、それを伝え聞いた杉村春子は「(栗原が)私と共演したいだって? まだ100年早い!」とピシャリとはね付けたという。
こういう話を聞くと、女優同士の確執というのは、男性俳優よりも激しいのではないか。男性の場合は一般に相手を思いやる余裕がありそうだが、女優の場合は相手に直ぐに対抗心を燃やすようである。女優の方が厳しいのだ。これは、女と男の性(さが)の違いだろうか。
やはり名女優である八千草薫は、ある時、TBSのテレビドラマで山口百恵と共演することになった。ところが、山口百恵は当時最も人気のある若手女優で、スケジュールがもの凄く過密で忙しかった。このため、ドラマの収録が細切れになったり不定期になったらしい。
すると、八千草薫は大いに怒って途中で役を降板してしまった。これは異例のことである。あれほど温和な感じのする八千草でも、山口百恵の都合で振り回されたことに腹を立てたのだ。これはスケジュールの問題ではあるが、かつて日本男性の“憧れの的”だった八千草としては、若手の人気女優にプライドを傷つけられたと感じたのではないか。しかし、これは山口百恵が悪いわけではない。事務所やテレビ局が悪いのだ。大女優、名女優はみなプライドや面子を持っているのだから。

こうして見てくると、大女優と若手人気女優の関係は、まるで嫁・姑の関係のように思われてくる。もちろん、仲の良い嫁・姑も多いが、何かの拍子で張り合ったり対抗心を燃やしたりすることがある。
有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』ではないが、外科医・青洲の麻酔手術をめぐって妻と実母が張り合うような感じになるのだ。『華岡青洲の妻』は面白いので、これまで舞台や映画、テレビドラマで数多く取り上げられてきた。実母を演じるベテラン女優と、妻を演じる若手女優との演技比べみたいになる。2人の女優は、共演と言うよりも“競演”のような趣になる。そこがまた面白い。
また、有名女優は同じ主人公を演じることも多い。例えば映画『伊豆の踊子』の主人公・薫は、田中絹代や吉永小百合、山口百恵も演じてきた。そうなると、世代を超えた競演ということになる。

そう考えると、男の場合もそうだが、女優同士というのは世代に関係なく“ライバル”なのだろう。年配の女優が若い女優に優しくすればいいのにと思うが、なかなかそうはいかない。相手が若かろうが未熟だろうが、対抗心を燃やすのではないか。
吉永小百合を不快に思った田中絹代に対し、私は一時 嫌悪感を持ったが、彼女の“老婆”役の名演技を見て、これが大女優なんだと思い直した。俳優は演技で勝負をする。 田中絹代のように老婆を見事に演じる女優は他にあまりいない。吉永小百合でもとても無理だろう。もっとも、彼女の汚らしい“老婆”役など見たくもないが(笑)
今日は少し取り留めのない話になったが、これにて失礼したい。(2011年2月11日)
 
 
》記事一覧表示

新着順:2252/2422 《前のページ | 次のページ》
/2422