teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


9月21日(木)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月21日(木)15時02分22秒
  昔は「男子 厨房(ちゅうぼう)に入らず」と言ったが、自分は家事一切を女房に任せていた。ところが、彼女が入院・手術をして動けなくなると、嫌でもやらなければならない。これは悲劇だ(泣・笑)。 ゴミ出しから皿洗い、洗濯など慣れないことばかり。今さら女房のありがたみを知ったが、洗濯はかなり上手くなったか? 下に写真を載せておこう。
小説『落城』はまた創作が進みだした。南北朝時代のDVDや小説を漁っている。
大相撲9月場所は大関・豪栄道が目下10勝1敗で独走態勢に。よほどのことがない限り優勝するだろう。
 
 

歴史ロマン『落城』(32)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月20日(水)16時34分50秒
  この戦いの詳しいことは分からないが、持氏を擁した今川勢が氏憲軍に圧勝し、氏憲らはほうほうの体(てい)で鎌倉に逃げ帰ったという。これに呼応するかのように、武蔵国でも上杉勢が攻勢に出て氏憲方の豪族を次々に打ち破っていった。こうなると、態度を明らかにしていない“日和見”の領主らは、大部分が持氏・憲基の陣営に馳せ参じてきた。
石神井城の周辺でも、氏憲方の軍勢は浮き足立って自分の領地へ引き上げる者が出てきた。石神井城はおのずと安泰な状況になってきたのである。こうなると、居候のように身を寄せていた山口貞清は義父の豊島範泰に願い出たのだ。
「父上、もうこの地域は敵も少なくなり、安全な状況になってきました。それがしはそろそろ山口に戻り、あの一帯をわが陣営で治めたいと思います。よろしいでしょうか」
「うむ、それは結構なことだ。敵が少なくなったので、わしもこちらから打って出ようと考えていた。貞清殿、貴殿も領地の方が心配だろう。山口へ戻って、あの地を早く治められるのが得策だろう。わしにはまったく異存はない」
「ありがとうございます。山口の周辺からは敵も退散しているでしょう。情勢は日増しにわが陣営に有利になってきています。もし敵がいても、今度こそ追い払うだけです。本当にご厄介になりました」
「なんのなんの、わしが寂しく思うのは、お転婆なお牧がいなくなることだけだ。いや、騒々しい娘がいなくなれば、ここも静かで平穏になろう。はっはっはっはっは」
範泰が愉快そうに笑ったので、貞清も苦笑した。こうして2人が話を付けたため、山口勢は帰国することになったが、敵兵がまだあちこちに散在している危険性はあった。このため、尾高武広の部隊が斥候を兼ねた先遣隊として出発したのである。
「庄太殿、怪我はだいぶ良くなったようですね」
武広が先を行く庄太に声をかけると、彼は振り向いて明るく答えた。
「ええ、まだ少し痛みますが、ようやく治ってきました」
前にも述べたが、庄太は戦闘で右肩に重傷を負ったのだ。武広も手足に相当の怪我をしたが、石神井城にいるうちにほとんど治っていた。
「お互いに無事で良かった・・・」
武広がつぶやくように言ったが、戦いはこれからも続くだろう。山口へ帰る途中、2人の目には広々とした田園風景が映ったが、田畑や森の景色が彼らの心を癒やしたようだ。どんなに戦いが苛烈になろうと、敵も味方もこの豊かな自然を壊すことはできない、武広はそう思った。
彼の部隊が山口の領地に着くと、案の定、敵兵の姿は見えなかった。氏憲方はそれほど重要ではないこの地を捨てて、他の場所に移ったのだろう。使いの者が味方の陣へすぐ報告に走った。やがて、武広らは山口城の館に入ってゆく。
「殿、ずいぶん焼けましたな~」
「うむ、これでは当分使いものにならないか」
佐吉が嘆き声を上げる・・・半分ほど焼け落ちた館に、武広も思わずため息をついた。(続く)
 

9月18日(月)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月18日(月)15時46分22秒
  台風一過、素晴らしい天気になる。スーパーへ買い物に行ったら客がいっぱい、みんな天候回復を待っていたのか。妻が動けないからもっぱら食料品などを買う。
それにしても、76歳とは年を取ったものだ。昔(若いころ)、76歳の爺さんなど想像もできなかったが、今や100歳以上の人が6万人もいるそうだ。時代がずいぶん変わったということか。
「10月22日衆院選」という話がもっぱらだ。しかし、今度の解散・総選挙はまったく大義名分がない。安部自民党の党利党略、自己保身の総選挙だ。民進党のゴタゴタと政局の混迷に付け込み、今ならそんなに負けないだろうという読みがあっての解散だ。まあ、スキャンダルや不倫の議員にとっては天の恵みか?(笑)。当選すればミソギを受けたことになる。
 

9月17日(日)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月17日(日)16時14分24秒
  今月解散、10月総選挙の話がにわかに出回ってきた。3年前の総選挙も「まさか、まさか」と言われているうちにそうなったのだから、何が起きてもおかしくない。日本の首相は何でもできるんだな~ 議員の任期なんか屁みたいなものだ。
台風18号が日本列島を縦断か。大分県などで大きな被害が出そうだ。
大相撲は3横綱2大関が休場と酷いものだが、今のところ豪栄道らが1敗でトップに立っている。
今日で1歳年を取った(76歳)。何かえらくなった感じがする、hahahahaha
 

歴史ロマン『落城』(31)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月15日(金)10時25分54秒
編集済
  太田城に到着すると、忠宗の軍勢は二手に分かれ城の前後から攻撃を始めた。ところが、この城は堀が深く、一部に水堀(みずぼり)もあって攻めにくい特徴があった。その上、太田勢は150人ほどの兵力しかなかったが、みな闘志が盛んな武者ばかりだった。
領主の太田資正(すけまさ)はみずから陣頭に立ち、大声で部下を叱咤激励する。
「いいか、この城を守り切れば、敵はもうこれ以上 北方へは進撃できない。さすれば、武蔵国などからじきに援軍が到着しよう。みなの者、この城が勝敗の分かれ目になるのだ! こぞって奮闘せよ!」
資正は50歳近い初老の武将だが、まるで若武者のように血気盛んなところがあった。彼の勇ましい下知を受けて、太田勢は勇気凛々と戦(いくさ)に臨んだのである。攻め手はこんな小さな城はすぐに陥落すると思っていたが、守る方の防備は堀が深いなど意外に堅固なものがあった。このため、戦いは長期化の様相を呈していったのである。
ちょうどその頃、藤沢城に上杉氏憲が姿を現わした。彼は忠道・忠則親子に対し、静かな口調だがきっぱりとこう述べた。
「鎌倉公方には足利満隆さまが就任され、関東はわれわれが完全に制圧することになった。ついては他の領主たちと同様に、藤沢家からも人を引き取りたいと思う。縁のある婦女子を早急に決めて、鎌倉に送って欲しい。1人でも複数でもどちらでも良いぞ。よろしく頼む」
氏憲はそれだけ言うと、あわただしく帰っていった。人を引き取るとは“人質”のことである。要するに、親類縁者の誰かを鎌倉に送れということだ。忠道と忠則はさっそく協議し、小百合の方と2人の子供を差し出すのが良いのではと考えた。そして、それを小百合と志乃の方に伝えると、志乃が厳しい顔付きをしてこう言った。
「小百合殿と子供たちに、万一 何か起きたらどうなるのですか。藤沢家は断絶します。ここは私のような“老女”が人質になるのが、最もふさわしいのです。考え直して、私をぜひ鎌倉へ送ってください。遠慮は無用です」
志乃の強い抗弁を忠則らは受け入れざるを得なかった。いや、内心では納得したかもしれない。こうして小百合と子供たちは藤沢城に残り、志乃が人質として鎌倉へ行くことになったのである。
「母上、申し訳ございません。私らが行くべきところを・・・」
「なんのなんの、小百合殿、あなたは幸と国松を守り切るのですよ」
小百合が首(こうべ)を深く垂れると、志乃はまるで諭すかのように答えた。

上杉氏憲は各領主から人質を取っていたものの、その頃から、関東の情勢は次第に氏憲方に不利な様相を呈してきた。一つには、将軍・義持が氏憲らを“逆賊”と決めつけ、これを討伐する態度をはっきりと表明したからである。日頃は優柔不断な義持だが、断固として戦う姿勢を示したことが大きな要因だろう。
もう一つはこの戦乱から、公方の足利持氏と管領の上杉憲基が生き長らえたことである。前にも述べたように、持氏は駿河の今川範政のもとに逃れ、憲基は越後の上杉房方に庇護された。そして、範政と房方はこの2人を擁して逆襲に転じてきたのだ。やがて12月下旬になって、まず氏憲方の軍勢と今川勢が駿河国で戦うことになった。(続く)
 

9月14日(木)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月14日(木)15時04分36秒
  久しぶりに歴史ロマン『落城』の原稿を少し書いた。明日からアップできるか? 小説の関係で南北朝や室町時代の作品、資料に接する機会が多くなった。大河ドラマ『太平記』や吉川英治の『私本太平記』にも接する。吉川英治の作品はおよそ60年ぶりだ(笑)。室町時代は意外に知られていないから面白い。
大相撲は横綱・日馬富士が早くも2敗だから、大混戦になりそうだ。全勝の琴奨菊が意地を見せるか。他に好調の新鋭が数人いる。
1年前のちょうど今日、前立腺肥大の手術を受けたが今年は妻の番だ。まだ痛がっている。今日は娘が助っ人に来た。
 

9月12日(火)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月12日(火)16時17分39秒
  妻がきょう退院したが、大腸ガンの手術は堪えたか。当分 安静が必要だろう。娘がよくやってくれた。自分はほとんど何もせず、もっぱら娘に頼っていた。こういう時、専業主婦というのはとても役に立つ。ありがたや~(笑)。 しかし、自分も洗濯とゴミ出しには慣れてきた。わが家の非常時で、小説『落城』の方は一向に進まない。
大相撲は大関・高安と平幕・宇良もケガで休場、これで横綱3人を含む幕内7人が欠場と異常な事態だ。こんなことは初めてか。体重が増えすぎて、多くの力士が膝に負担を感じている。これ以上、休場者が出たら・・・大相撲のあり方が問題になろう。
 

9月11日(月)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月11日(月)15時59分27秒
  レントゲン検査がOKなら、細君は一両日中に退院できそうだ。意外に早い。報告を待とう(入院待ちの患者が多いのか)。
大相撲9月場所は横綱の白鵬、稀勢の里、鶴竜の3人が休場、まったく盛り上がらない場所になった。鶴竜などは全休と途中休場の連続だ。もう横綱を辞めてしまえと言いたくなる。つまらない場所になるのは必至だ。
吉永小百合がけさテレビに出て、120本目の出演映画の話をしていた。相変わらず若々しく美しい。『北の桜守』という映画だが、来年3月に公開だという。今から待ち遠しい。
 

9月9日(土)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月 9日(土)15時51分47秒
  今日は素晴らしい天気、習いたての洗濯をしたがまあまあOKだ。よく乾く。記念に写真を撮ったが、パソコンのドライバーが不調でアップできず、残念(笑)。ヒマなので入院中の妻を見舞う。だいぶ良くなったようだが、まだ痛むそうだ。なんだかんだで、小説『落城』の方は進んでいない。
民進党の山尾志桜里議員は結局 離党した。ジャンヌ・ダルクだ、ホープだと持てはやされてすっかりいい気になったのか。この手の議員は他にもいる。民進だけでなく、もちろん自民党にも。名前は数人挙がっているが、まだ大事になっていないから伏せよう。いずれ文春砲だか新潮砲が暴くだろう。
 

9月7日(木)

 投稿者:矢嶋武弘  投稿日:2017年 9月 7日(木)15時24分50秒
  けさ 久しぶりの散歩。涼しかったので、いつもより長めに歩く。やはり散歩は良い、すっきりした。
民進党の山尾志桜里議員(43歳)が、週刊文春で“ダブル不倫疑惑”を報じられ窮地に立っている。彼女は民進党のホープで新しく党幹事長に内定していたが、これで取り消しとなった。
自分も去年から彼女に注目していたが、まことに残念な結果になったものだ。離党は間違いなく、場合によっては議員辞職になるだろう。落ち目の民進党にはさらなるショックだ。
3日連続で入院中の妻を見舞ったが、今日は休む。でも、誰かが行っているだろう。
 

レンタル掲示板
/241