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「taru」さんの投稿、非常に懐かしく思いました。前にも書いたことはあるのですが、私がサッカーを始めたのは、「メキシコオリンピック」3位決定戦、日本対地元メキシコ戦を見てからです。故長沼監督率いる全日本、前回大会の東京大会から強化として、ドイツ人のデットマール・クラーマーさんにゲルマン魂ではなく大和魂をたたき込まれた杉山、釜本。確か釜本は10番ではなく9番でした。もっとも、杉山は左のウイングという意味で11番でしたね。ホームであり強豪メキシコとやって、2−0で勝利!両方とも杉山のアシスト、釜本の得点でした。日本サッカーに初の銅メダルをもたらしました。この影響で、各小学校にサッースポーツ少年団というのが、出来ました。当時小3の私もすぐに入部。それから、づーっと関わってきました。やはり、釜本というのは、日本が生んだ最高のエースストライカーですね。当時は、ヤンマーや三菱等企業が日本リーグというのをしていましたから・・・、サッカーでは飯は食えないと言うのが定番でしたね。
いやはや、私のサッカーの原点でした。懐かしーいなー。あのころに比べたら、少年サッカーも進歩しました。当時、オフサイド無しよって言うのもありましたから。
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